どうも、くあです。
本記事では、日常にどんどん進出しているAIに対して、「どう認識したらよいのか」「どう向き合うべきなのか」について、執筆者である自分自身の認識の整理と同時に、読者の皆さんも一緒に整理していきませんか?というスタンスで書いています。
まず、皆さんは「AI」と聞いてどんなものを思い浮かべますか?
深層学習?過学習?なにそれ美味しいの????
自分個人としては、という感じです。少なくとも、理論や仕組みを理解してAIを使っているタイプではありません。これが、自分の正直なAIに対する理解度です。
自分の立ち位置
最初に断っておくと、自分はAIに詳しい人でも、専門家でもありません。
むしろ、「なんとなく便利そうだから使っている」その程度の距離感です。
それでも、日常でも開発でもAIは確実に存在感を増していますし、「使わない」という選択肢は、気づけば現実的ではなくなってきています。
だからこそ、詳しくない人間が、どう向き合うかという視点には価値があると思っています。
普段どのような使い方をしているのか?
半分実話で、半分虚の例を挙げます。
これまで、授業内でのプログラミングはさておき、個人的な開発については、いわゆる Vibe Coding で気持ちよくカタカタしていたわけですね。
そんなある日、Flutterでフロントエンドを記述する機会がありました。
基本的なプログラミング文法も曖昧。それでも、定められた期日とオーダーは存在します。手を止めて悩んでいる間にも、タイムリミットは刻一刻と近づいてきます。
この状況、なかなかしんどい。確かにプレッシャーがじわじわと存在して、精神HPが定数ダメージを食らっているわけですね。
ここでプレッシャーを「定数ダメージ」と表記しましたが、AIは「定数回復」です。
問題を一発で解決してくれるわけではありません。ただ、「完全に詰む」前に、もう一度考える余裕をくれる。そんな立ち位置です。
なぜ「素人」と名乗るのか
「素人」というのは、相対的評価に過ぎません。
では、なぜ本記事では、あえて自分に「素人」というレッテルを貼っているのか。それは、
分野に対する習熟度とアイデアや発言の重みは比例している
そう認識して評価する人が、一定数存在していると感じているからです。
前提としての認識
- 習熟度を伸ばすためには経験値が必要
- クリティカルなアイデアの発想率は、習熟度に正の相関を持つ
- ただし、その発想率には分野を問わず個人差が存在する
端的に言えば、レベルの高い人は「強い」。ただしレベル以外にも強さを決める要素が存在する、ということです。
自分にとっての理想 ― 実装力は強さを決めない ―
自分にとって、「強いエンジニア」の条件に実装力は含まれていないかもしれません。
なぜなら、同じような実装力を持っているはずなのに、
- 「あ、この人めちゃくちゃ強いな」
- 「ん?この人、思ったより弱くないか?」
と、感じたことが何度もあったからです。少なくとも言えるのは、実装力は最低条件であって、「強さ」を決める本質ではない、ということ。
では、何が強さを決めるのか。自分にとっての答えは、「リスペクト可能かどうか」です。
もう少し踏み込むなら、「その分野に魂を捧げているかどうか」。実績や年数は必須条件ではありません。
極端な話、条件さえ満たせば、生まれたばかりの赤ん坊だって玄人になり得ると、自分は本気で思っています。
赤ん坊は「生きること」に対して、とてつもなく貪欲です。魂を捧げていると言ってもいい。現代で、希望もなく淡々と仕事をこなす大人より、よほど「生」に向き合っているように見えることすらあります。
自分にとっての玄人とは、そんな存在です。
だからAIは玄人になれない
AIは感情を再現することはできても、感情を所有することはできないからです。リスペクトの対象にはなり得ない。少なくとも、自分の価値観ではそうです。
AIの役割
AIは、レベルに下駄を履かせてくれるツールです。もちろん、あくまで「下駄」にすぎませんが、小学生が一瞬だけ中学生の視点を体験できる。これは、ものすごくワクワクする体験だと思います。
精神HPの比喩で言えば、AIは定数回復。「やめずに済む」だけの余裕を与えてくれます。
まとめ
自分は素人です。未だどの分野についても玄人だと胸を張って言えるものはない。
だからこそ、キラキラ玄人への道を探すためにもAIという下駄を正しく履き広い視野を持つということ。
ただでさえ不安定な足元で転ばないためにもAIを正確に認知し、意識を逸らさないこと。
これが素人なりの「AIとの向き合い方」です。
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// 今日中に出せていますか?とても心配です。